【ヒントは身近なところに(1)】南インドの高原にて- 田中樹 -

南インドのカルナータカ州、ケーララ州、タミル・ナードゥ州に接する西ガーツ山脈の高原地帯は、知る人ぞ知る紅茶の大産地です。紅茶好きであれば「ニルギリ茶の産地」といえばピンとくるでしょう。なだらかな丘陵地に美しい茶畑が広がっています。茶畑には日陰樹(ひんじゅ)が植えられています(写真1)。茶畑の中に日陰樹があるのか、日陰樹の林の中に茶畑があるのか、そこに暮らす人びとがつくりあげた(正確には茶農園のオーナーに雇用された労務者の仕事ですが、ともかく)美しい農村景観です。

南インドの茶畑と日陰樹

写真1.南インドの茶畑と日陰樹

そこは、また、カルダモンの世界的産地です。カルダモンには、ショウガ科のショウズク属(Elettaria)とアモムム属(Amomum)の種子から作られる香辛料で、前者はグリーンカルダモン、後者はブラックカルダモンとして流通しています。私たちがお店で見かけることができるのはグリーンカルダモンです。余談ですが、東アフリカ・タンザニアでは、カルダモンは「イリキ(Iriki)」と呼ばれています。そして、南インドの産地の一つがイドゥッキ(Idduki)地方です。学術研究では、類似しているからといって安易に単純に2つの事柄を結び付けることを慎まなければならないのですが、南インドのカルダモンが、中東を経由する交易で東アフリカに入り、地名を取ってその呼び名が「Idukki → Iriki」になったのではないかと想像すると何だかワクワクします。

自然木の下のカルダモン

写真2.自然木の下のカルダモン

本題です。南インドの高原のカルダモン農園(写真2)でとてもいい出会いがありました。カルダモンは、直射日光よりは林の中の木漏れ日のある環境が好きな植物です。この辺は、同じショウガの仲間のミョウガに似てなくもないです。この写真の木立のあいだにあって地表を覆っている植物が、カルダモンです。

インド、カルダモンの花と実(農民が選抜した多収量品種)

写真3.カルダモンの花と実(農民が選抜した多収量品種)

株もとに花と実をつけます(写真3)。この木立は、自然木です。カルダモンに木漏れ日が入るように、自然木は横に伸びる枝が打ち払われています。時には、その幹にコショウを這わすこともあります。何が、「いい出会い」だったかというと、それはこのカルダモン農園の佇まいです。農地を拓くイメージは、そこにある樹木をすべて伐採し、土を均し、他所から持ってきた作物を栽培するというものですが、このカルダモン農園は、自然木を間引き、そこに空いたスペースにカルダモンを植えています。

暮らしのためにカルダモンを栽培するものの、不必要に自然木を排除しないため、遠くから見ると、森の中でカルダモンが育っているように見えます。仮に何らかの理由でカルダモン農園が廃止されても、もとの森に戻る遺伝子資源が保存されています。ここでは、「ヒトvs自然」ではなく「ヒトも自然も」の関係がさりげなく出来上がっているのです。

ケーララ州のカルダモン研究所の先生が、面白い話をしてくれました。「近所にインド国立カルダモン研究所というのがあって、そこでは、カルダモンの収量を多くするために、自然木を伐採し、その代わり茶畑にあるような日陰樹を植えることを推奨している。確かに日光が差し込み、カルダモンの収量は増えるのだけど、病虫害も増える。それを防ぐために薬剤を撒いている。水や土が汚染されて、村人は健康被害を恐れている。カルダモンがたくさん穫れても、薬剤の支払いなどのコストがかかる。一方で、ケーララ州の研究所では、自然木がつくる森のような雰囲気の下でカルダモンを栽培するやり方を推奨している。多少収量が少なくても、収入は得られるし、薬剤を撒かない分コストも労力もかからず、何よりも健康的だよ」。

本当にそうだよね。

農学や地域開発の実践研究をしてきた私の大きな目標の一つは、この「ヒトも自然も」を形作ること。その答えの一つに出会えた瞬間でした。

投稿者プロフィール

田中 樹
田中 樹風人土学舎 代表
風人土学舎代表。摂南大学 農学部 食農ビジネス学科 教授(環境農学研究室)、ベトナム・フエ大学名誉教授。専門は、環境農学、土壌学、地域開発論。アフリカやアジアの在来知に学び、人びとの暮らしと資源・生態環境の保全が両立するような技術や生業を創り出す研究に取り組んでいます。