お墓のまえで(1)

クアンチ(Quang Tri)省は、旧南ベトナムの最北の省。その旧国境近くの丘陵地にチュオンソン軍用墓地があります。ここを初めて訪れたのは2005年8月。かつて所属していた大学で同僚と開講していた国際交流科目「暮らし・環境・平和-ベトナムに学ぶ-」の一環で学部生を引率しての海外研修の時でした。

 

1975年に終結した戦争の最前線であり、多くの人びとが亡くなったところです。1万人を超える戦没者の墓標のそれぞれには、氏名・生年月日・出身地・戦没地・亡くなった年月日が刻まれています。引き算をしてその墓標の人物の年齢を知り、異郷で果てた短い生涯を想ったりもしました。そして、それが私のこれまで生きてきた時間と重なっていることも。

 

クアンチ、戦没者慰慰霊墓地

 

ある年、霊感が強いという学生が言いました。

「先生、亡くなった方々の霊魂はここには残っていないですね」。

遺族やかつての戦友がしばしば訪れるのか、どの墓標もきれいに掃除され美しい花々が
手向けられています。「そうかあ、ご遺族とともに生まれ故郷に帰ったのかも知れないね」。風にそよぐ木々の葉擦れの音や小鳥のさえずりがあたりに響いていました。

 

それからだいぶ後のこと。一緒に現地活動をしているTさんがこう呟いきました。「この墓地に葬られているのは一方の側の戦没者です。同じように、もう一方の兵隊さんや一般の人びとにも思いを馳せないといけませんね」。とても大切なことに気付かされました。旧南ベトナムの戦没者や巻き込まれて亡くなった人びとは、ここには埋葬されていないのです。その人びとの魂は、いま平安だろうか、どこにあるのだろうか。

 

知るべきこと、語られるべきことがまだまだたくさんあります。

 

☆この記事は、風人土学舎のFacebookに2019年8月15日に掲載したもののリライトです。記事の中の写真は、この記事の著者によって撮影されたものです。

投稿者プロフィール

田中 樹
田中 樹風人土学舎 代表
風人土学舎代表。摂南大学 農学部 食農ビジネス学科 教授(環境農学研究室)、ベトナム・フエ大学名誉教授。専門は、環境農学、土壌学、地域開発論。アフリカやアジアの在来知に学び、人びとの暮らしと資源・生態環境の保全が両立するような技術や生業を創り出す研究に取り組んでいます。