シリーズ~祈りと暮らし~④祈りと儀式は誰のため?(ベトナム)

5月25日に「モノの運び方もいろいろ」という記事を書きました。この記事に書いた出来事は、フエ省の丘陵地にある少数民族の村で集会が行われる日の朝のことでした。その集会とは、「全民族大団結の日」の集会でした。下の写真は、村の公民館前に掲げられた看板です。この看板には、赤地に黄色の文字で「(越語)Ngày hội Đại đoàn kết toàn dân tộc」(直訳:全民族大団結の集会の日)と書かれています。

ベトナム民族大団結の日、ベトナム・フエ

村の公民館に掲げられたゲートには、「全民族大団結の
日」を書かれています

ベトナムの建国の祖、ホーチミン氏は「大団結は、先ず、大多数の人民、とりわけ、労働者、農民、及び、他の各層の労働者を団結させることである。それは、大団結の根元である」(注1)と言われていました。ホーおじさん(ベトナム人は尊敬と親愛の情を込めて、ホーチミン氏をこう呼びます)は、祖国が団結してフランスからの独立することを目指していました。団結の中には、「民族の団結」も含まれています。ベトナムは54の民族から成る多民族国家で、人口の86%はキン族という平野の民族で占められ(注2)、後の53民族のほとんどは山岳少数民族となっています。

こういった背景もあり、人民委員会とベトナム共産党の大衆組織が中心となって毎年秋になると「大団結のための集会」が催されます。国のレベルから村のレベル、都市では日本的に言うと町のレべルまで、あらゆるレベルで集会が開かれます。社会主義体制のベトナムでは、実質ベトナム共産党イコールベトナム政府となり、日本でいう市役所など行政機関のことを「人民委員会」と呼びます。少々乱暴に日本に置き換えると、村役場と村の婦人会や青年会、農協が一緒になって行う行事がこの「大団結のための集会」となります。集会では、村の収入や予算などの情報、農林業の状況、貧困世帯の数や対策の状況、子どもの教育に関わること、(日本の警察にあたる)公安から治安状況に関わること、などが共有されます。そして、地域のために目覚ましいい成果を上げた住民を表彰する時間もあります。

大団結の集会で表彰をうける、ベトナム

集会で村に貢献した人たちが表彰を受けている様子。記念品も渡された(2016年11月撮影)。

行政が行う集会、というイメージです。この集会を開催するための予算も省レベルから各村々に配分されていて、どのように使うかは村で決められていました。集会の時の飲食代に使ったり、表彰された人への賞金にされたり、貧困世帯のための援助物資購入にも充てられていました。

集会のあとの食事、ベトナム・フエ

集会の後は、みんなで食事(2016年11月撮影)。

この集会の準備段階で、この集落に暮らす少数民族独自の儀式を行ってはどうかという提案が人民委員会からありました。儀式の内容は、豊作を願ってスイギュウを生贄に捧げるというものでした。先ず、それに反対したのが若者たちでした。スイギュウは売ったらまとまったお金を手にすることが出来る大切な大型家畜です。殺してしまうなんてもったいない、というのが彼らの考えでした。次に、村の老人たちからも反対意見が出ました。

スイギュウもニワトリも、森を切り開きそこを使って陸稲(おかぼ)を育てるための場所にすることを森の神様に許してもらうための生贄。
陸稲を植えるわけでもないのに、犠牲にはできない。
儀式も収獲の前、雨ごい、収穫の後でやるもので、一体なんの儀式なのか?

老人たちが「森を切り開き」というのは、彼らの伝統的な焼き畑農業を指していました。現在、ベトナム政府は様々な理由から焼き畑農業を禁止しています。若者の意見、老人たちの意見、どちらも気持ちがわかります。

若者は実際の儀式を経験していないので本当に神様の存在を信じているかは、外からではわかりません。しかし、老人たちの中には、信仰としてしっかりと残っている気がしています。5月25日の記事で黒子ブタを娘さんに送ったおじいちゃんの家は、風通しのよい養魚池のそばに建てられています。

風通しのよい場所に立つ少数民族の家、フエ・ベトナム

養魚池のそばに建つ高床式の家。風通しがよく夏でも涼しい(2011年6月撮影)。

高床式の家は、彼らの伝統的な家の姿です。天然の森が減ってしまった現在では、柱にする木や壁に編む竹、屋根に葺く草を手にすることが困難になっていることや他の要素もあり伝統的な家に暮らすことは難しくなっています。写真で青く見えているにはビニールシートです。竹で作られた壁の壊れたところをビニールシートで補強し、屋根もトタンになっていることがわかります。ただ、この家を建てる時におじいちゃんは柱になる木を1本だけ森から切り出せたそうです。足りない分は、コンクリート製の柱にしました(下の写真)。

家の中にスイギュウの骨、ベトナム

家を建てる時に生贄にしたスイギュウの頭蓋骨が家の柱にかけてあった(2011年6月撮影)。

柱にかかっているのは、家を建てる時に生贄にしたスイギュウの頭の骨です。昔から行っている家を建てる時の儀式を行って家を建てたんだとおじいちゃんは話してくれました。

老人たちの心の中には、きっとまだ自分たちの神様が生きていることと思います。そうい神様の存在が、若い人たちにどういう形で受け継がれていくのかな・・と思います。宗教観や生死観として、きっと受け継がれているのではないかと予想しています。

[ 参考 ]
1.民族大団結の構築目標を目指すベトナム祖国戦線 (2019年9月18日、ベトナムの声放送局・国際放送)
2.ベトナム社会主義共和国(Socialist Republic of Viet Nam)基礎データ (外務省)

 

投稿者プロフィール

高木佳子(Takagi Yoshiko)
高木佳子(Takagi Yoshiko)風人土学舎 日本事務局担当
ベトナムのフエ市在住歴延べ6年。風人土学舎では、日本の事務局業務とフエ市での活動全般のコーディネーションを担当しています。