ベトナム・フエ地域の竈神“オンタオ”
ベトナムの台所に入ると小さな祭壇が置かれていることに気づく。この祭壇では台所の神さま、ベトナムで“オンタオ”と呼ばれる竈神が祀られている。ベトナム語には漢越語が多く、オンタオは漢字で書くと「翁竈」となり、正式な名前は“タオクアン”漢字は「竈君」となる。これは中国の竈神の名前である。今、中国で竈神を祀る家は少なくなったが、広東省などでは今でも台所に「定福灶(竈)君」の文字をみることができる。
陰暦12月23日、ベトナムのオンタオは天に上がり玉皇上帝に一年間の家族の出来事を報告する。これも中国の竈神の影響であり、中国では地方によって陰暦12月23日、または24日に天に上がる。ちなみに、沖縄も陰暦12月24日に竈神(火の神)が天に上がる(沖縄では「ウガンブドゥチ(御願解き)」という)。
しかし、中国の影響を受けているが、ベトナムのオンタオには独自の特徴がある。真ん中に女神、その両側に男神が並ぶ三柱の神であり、その由来は昔話で語られている。この三柱はベトナムの人々が長い間、炉で調理に使ってきた道具と関係する。そして、ベトナムではオンタオは誰もが知っている神である。一年間のベトナム社会の問題をオンタオが玉皇上帝に報告にいく。この社会風刺コメディ劇が毎年恒例の年末大晦日のテレビ番組として、人気を集めている。
ベトナム全土の多くの家で祀られているオンタオだが、その祀り方には地域による多様性がみられる。例えば、年末の風刺コメディ劇でオンタオは鯉に乗って天に上がっていく。これは北部地域では一般的であるが、中部や南部地域のオンタオは鯉に乗らない。中国の竈神も鯉に乗らない。北部地域の特徴なのである。他にもオンタオの祭壇などいろいろな地域性がある。
ここでは、フエ地域のオンタオについて紹介したい。フエの人たちの家の台所にはオンタオの祭壇がある。そこに置かれているのは、小さなオンタオの神像とオンタオが描かれた版画である。このどちらもフエ地域で作られている。オンタオの神像は現在ディアリン村に住む数家族が手作りで生産を続けている。小型の神像はフエ地域で創造されたもので、はじめは、道具を象った神像が作られた。そして今から25年ほど前にオンタオ三柱を象った神像が作られ、今ではカラフルでキラキラした絵具が塗られたオンタオ三柱の神像が市場で多く売られている。
オンタオの版画はシン村で作られている。シン村は農業村であるが伝統的に儀礼用の版画を生産してきた村である。ベトナムの版画として有名な北部ドンホー村の多色刷りの年画とは異なり、素朴でシンプルな版画である。それはシン村の版画が儀礼で使用した後、すぐ燃やしてしまうからである。この神像と版画は、ほぼフエ地域内で流通していて、他の地域の人たちにはほとんど知られていない。しかしフエ地域では、陰暦12月23日前になると市場や小さな商店、路上のいたるところで売られている。
毎年、人々は新しいオンタオの神像と版画を購入する。フエ地域では、家でオンタオの儀礼をしたあと、家の外の大きな神聖な木の下や地域の廟などに一年間祭壇で祀った古いオンタオを置いて、もう一度見送り儀礼をする。いってしまえば、オンタオの神像を木の下に捨てるのである。そして、家の台所の祭壇には新しいオンタオが祀られる。本来、天に上がったオンタオは大晦日に家に戻ってくるのだが、ほとんどの家で23日に新しい神像を祭壇に置いている。フエ地域では22日から23日の日付が変わるとすぐにオンタオ儀礼をする人たちが多い。早くオンタオに天に上がってもらって、早く家族の願いを伝えたい、という思いがあるのだ。ベトナムのオンタオは、家族の善悪を報告にいくというより、家族の願いを伝える役割が大きいようである。
今年のオンタオ儀礼は2月4日(陰暦2020年12月23日)である。2020年ベトナム中部は大雨、洪水、台風の大きな災害にみまわれ、オンタオの神像を作る人たちの家も大きな被害を受けた。オンタオ神像の生産は収入が低く、日々の生活は大変である。それでも神像を作ることは意味のある大切な仕事だといい、ひとつひとつ丁寧に手作業で作っている。彼らが作るオンタオ神像、それを祀る人々、そして彼らにオンタオの加護を祈りたい。
ベトナムのオンタオは三柱の神を祀ることは共通していても、地域による特徴はさまざまである。そこにはベトナムの歴史や社会政策、地理的環境などいろいろな要因がある。オンタオをとおしてベトナムの歴史や人々の暮らし、人々の姿がみえてくる。また機会があればベトナムのオンタオの話をしたいと思う。
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投稿者プロフィール
- ベトナムの竈神、特にフエ地域の竈神とそれに関わる道具をいろいろと調べている。きっかけは沖縄の竈神(火の神)から。人々の暮らし、生活文化を知ることから相互理解につなげていきたいと思っている。現在、タンロン大学(ハノイ)日本語学科講師。
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